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東京地方裁判所 平成5年(ワ)22282号 判決 1995年6月20日

原告

望月孝枝

ほか一名

被告(甲事件)

アート梱包運輸株式会社

被告(乙事件)

安田火災海上保険株式会社

主文

一  被告(甲事件)アート梱包運輸株式会社及び被告(甲事件)竹田和弘は連帯して原告望月孝枝に対し三二七七万九七七五円及びこれに対する平成三年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告(甲事件)アート梱包運輸株式会社及び被告(甲事件)竹田和弘は連帯して原告望月寿幸に対し三二七七万九七七六円及びこれに対する平成三年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告ら(甲・乙事件)の被告(甲事件)アート梱包運輸株式会社及び被告(甲事件)竹田和弘に対するその余の請求及び被告(乙事件)安田火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告(甲・乙事件)らに生じた費用の二分の一と被告(甲事件)アート梱包運輸株式会社及び被告(甲事件)竹田和弘に生じた費用を、被告(甲事件)アート梱包運輸株式会社及び被告(甲事件)竹田和弘の負担とし、原告(甲・乙事件)らに生じたその余の費用と被告(乙事件)安田火災海上保険株式会社に生じた費用を、原告(甲・乙事件)らの負担とする。

五  この判決は、原告(甲・乙事件)ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告(甲事件)らは、連帯して原告(甲事件)ら各自に対し七五〇〇万円及びこれに対する平成三年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告(乙事件)は、原告(乙事件)ら各自に対し、三〇〇〇万円を支払え。

三  訴訟費用は、被告(甲・乙事件)らの負担とする。

四  仮執行宣言

第二事案の概要

本件は、後記記載の交通事故により両親を失つた原告らが、追突した車両の運転者に対し民法七〇九条に基づき、その車両の保有者に対し自賠法三条及び民法七一五条に基づき、追突された車両の自賠責保険会社に対し自賠法一六条に基づきそれぞれ損害賠償を請求したものである。

一  争いのない事実

1  事故の発生

ア 日時 平成三年八月二四日午前四時四〇分ころ

イ 場所 山梨県南巨摩郡身延町下山一 一三五三番四号先路上

ウ 加害者 被告竹田和弘(被告竹田)

エ 加害車 大型貨物自動車(浜松一一か八〇六四)

オ 保有者 被告アート梱包運輸(株)(被告アート梱包)

カ 態様 バツテリーのあがつてしまつた長沢広道が所有し、伊藤英次が運転していた軽四輪貨物自動車(山梨四〇せ二三三・被害車両)を、望月竜広が運転席に座り、亡望月国宗、亡望月仁恵、網倉一恵、伊藤英次の四名がその後部を押して、いわゆる「押しがけ」をしようとしていたところ、その後方から走行してきた被告竹田運転の加害車が激突し、亡望月国宗、亡望月仁恵を出血性シヨツクにより死亡させた。

2  被告安田火災海上保険株式会社(被告安田火災)は、被害車両につき長沢広道が加入していた自賠責保険の保険会社である。

3  亡望月国宗は「ハツチハウス」の屋号でパブスナツクを経営していた。

亡望月仁恵は家事労働に従事するとともに、右パブスナツクを手伝つていた。

4  相続

原告らは、亡望月国宗、亡望月仁恵の長男及び長女であり、その相続人である。

二  争点

1  被告竹田の過失内容

2  長沢広道の責任の有無

(一) 被害車両側の過失の有無

(二) 被害者らの「他人性」―亡望月国宗、亡望月仁恵は運転補助者か。

3  過失相殺の可否

4  損害額

原告ら主張の損害額は、別紙損害計算書記載のとおりであり、その損害総額は原告らの合計欄記載のとおりである。

なお、原告らは自賠責から亡望月国宗につき三〇〇〇万二六〇〇円、亡望月仁恵につき三〇〇〇万一七〇〇円の支払を受けたことを自認している。

第三争点に対する判断

一  争点1、2(一)、3

1  前記争いのない事実に証拠(乙2の1、3ないし10、12ないし15)を総合すると次の事実が認められる。

(一) 被告竹田は、平成三年八月二四日午前四時四〇分ころ、山梨県南巨摩郡身延町下山一一三五三番四号付近の国道五二号線を甲府方面から清水方面(北方から南方)に向けて加害車を運転し、時速約六〇キロメートルで進行していた。

現場付近の道路は、歩車道の区別のある片側一車線のアスフアルト舗装された平坦で勾配のない直線道路で、車道の幅員は九・五メートルであり、見通しは良かつた。

当時の天候は小雨が降つており、路面は雨で濡れていて、ワイパーを作動させて運転していた。

本件事故当時、日の出の時刻は午前五時一一分ころであり、空が少し明るくなりはじめた程度で、まだ暗く、加害車は前照灯を下目にして点灯していた。

(二) 被告竹田は、衝突地点の約一八九・二メートル手前付近で、前方の国道三〇〇号線との交差点(約三三六・七メートル先)の信号が青色を示しているのを確認し、それから六一・七メートル進行した地点(約三・七秒後)で道路左側に目を向け、現場付近にある深夜営業の飲食店を見ながら約九八・八メートル進行して目を前方に戻し(約六秒後)、約八・九メートル進行した地点(約〇・五秒後)で被害車両を一五・七メートル先に発見し、危険を感じて急ブレーキを踏んだものの一九・八メートル進行した地点で被害車両に激突した。

(三) 本件現場の北方二三・二メートルの地点及びその北方六二・八五メートルの地点の西側(被告竹田が進行していた車線の反対側)歩道上には二二〇ワツトのオレンジ光の街路灯がそれぞれ一基設置され、その北方三七・六メートルの地点の東側(被告竹田が進行していた車線側)歩道上には同種の街路灯が一基設置されていた。

本件現場の南方六四・八メートルの東側歩道上には同種の街路灯が一基設置されており、その南方六四メートル先の前記交差点の四隅には同種の街路灯が一基づつ設置されていた。

(四) 平成四年三月二日の午後八時三〇分ころから同一〇時一〇分ころ、天候は曇りの条件下で、被告竹田が前照灯を下目に点灯した加害車両に乗車し、本件衝突地点に被害車両と同種の車両を置き、その後ろに紺色制服の上下を着用した警察官三名及び白色ワイシヤツ、紺色ズボンを着用した警察官一名を配置しての本件現場付近の被告竹田による見通し状況は、本件衝突地点手前一一三・九メートルの地点では、前方に何かあるのが分かるが、それが何であるかは分からず、同じく七七・一メートル手前の地点では、注意して見れば人がいることが分かり、同じく五三・二メートル手前の地点では前照灯を消灯しても人がいるのがハツキリ分かるというものであつた。

(五) 平成四年九月二日午前四時四八分ころから同五〇分ころ、天候は晴天で、日の出時刻午前五時一九分の条件下で、本件衝突地点に紺色制服上下を着用した警察官二名を立たせ、立会人である消防署員を徒歩で進行させた本件現場での見通し状況は、本件衝突地点手前一六八・二メートルの地点で人の姿が見え、同じく一四〇メートルの地点では人の動きも良く見える状態であつた。

(六) 被害車両は、前記飲食店の駐車場に駐車中にバツテリーがあがつてしまつたため、同飲食店に伊藤英次とともにいた亡望月国宗、亡望月仁恵、網倉一恵及び望月竜広がいわゆるおしがけを手伝うことになり、右飲食店駐車場から、本件衝突地点の北方約五六・六メートルの地点で車道上に出て、被害車両を道路左端におき、進行方向に向かつて右から亡望月国宗、伊藤英次、亡望月仁恵、網倉一恵の順に並んで後部を押し、望月竜広が運転席に座つて二度おしがけをしたがエンジンがかからず、三回目を開始し、車の時速が約一〇キロメートルになつたときに加害車両に追突された。

当時、亡望月国宗は黒つぽいシヤツとズボンを、亡望月仁恵は白色ブラウスと黒色スラツクスを、網倉一恵は青地に黒色チエツクのパンタロンスーツを、伊藤英次はエンジ色のシヤツをそれぞれ着用していた。

(七) 被告竹田運転の加害車は、濡れたアスフアルト路面(その摩擦係数が〇・四五~〇・六であることは顕著な事実である。)を時速約六〇キロメートルで進行していたから、その停止距離は空走距離約一七メートルに制動距離約三一メートル(摩擦係数は〇・四五を採用する。)を加えた四八メートルとなる。

2  以上の事実によつて判断する。

被告竹田は進行方向左側の飲食店を見はじめてから、被害車両を発見するまでに約一〇七・七メートル進行しているが、その間に被害車両がどの地点にいたのかを確定できないので(衝突地点からその手前約五六・六メートルの地点の間であることは認められる。)、被告竹田に初めて発見された地点(仮定地点)に被害車両が停止していたものと仮定する。当日の天候が小雨であつたことを最大限考慮しても、一一三・九メートル手前で何かあることが分かり、七七・一メートル手前の地点では、注意して見れば人がいることが分かるから、飲食店の方に目を向けた地点(仮定地点まで一二三・四メートル)では被害車両等を車両とは認識できなくても何らかの物が進路前方にあることは認識可能であるから、当然減速や右転把等の回避の措置をとることによつて事故を防止することは可能であつた。そうでなくとも約七七・一メートル手前では人の存在を確認できるから、被告竹田が飲食店の方に目を向けた地点から四六・三メートル進行した地点までの間(約二・八秒間)に目を前方に向けたなら、被害車両を発見でき、停止距離四八メートルを勘案すると、更に二九・一メートル進行するまでの間(約一・七秒間)に目を前方に向けていれば被害車両の手前で停止できたものである。

しかるに、被告竹田は、約九八・八メートルの距離(約六秒間)を前方を注視することなく進行したため、被害車両の発見が遅れ、その結果本件事故が発生したものと認められる。

そうすると、本件事故は、被告竹田の一方的過失に基づいて惹起されたものであり、望月竜広並びに亡望月国宗及び亡望月仁恵にはなんら過失はないものというべきである。

3  まとめ

(一) 争点1

右認定のとおり被告竹田には前方注視義務違反がある。よつて、加害車両の運転者である被告竹田は民法七〇九条の責任があり、その保有者である被告アート梱包は自賠法三条の運行供用者責任がある。

(二) 争点2(一)

被害車両側にはなんらの落ち度はないから無過失であり、自賠法三条の責任を負わず、被告安田火災は自賠法一六条による支払義務は発生しないものである。

(三) 争点3

亡望月国宗及び亡望月仁恵の損害を算定するに際しては過失相殺を考慮せずにこれを算出すべきである。

二  争点4(別紙損害計算書裁判所欄記載のとおり)

1  亡望月国宗

(一) 葬儀費用

本件の弁論に顕れた諸般の事情を考慮し、一二〇万円を本件事故と相当因果関係のある葬儀費用と認める。

(二) 逸失利益

亡望月国宗は、昭和二〇年五月一一日生まれの男性で(甲1)、事故当時満四六歳であり、今後二一年間稼働が可能であり、パブスナツクを経営し、昭和六三年度の所得は、亡望月仁恵の専従者給与九〇万円を加えて三六四万七九九三円であつた(乙3、弁論の全趣旨)、これに生活費控除を三〇パーセントとして逸失利益を計算すると三二七三万九六四二円となる。

3,647,993×(1-0.3)×12.821=32,739,642

なお、原告らは亡望月国宗の収入は、右認定額以上であつた旨主張し、これに沿う証拠(甲9、10、11、証人芦澤京子)もあるが、右証拠によつては亡望月国宗の収入を推定するに十分とはいえず、他にこれを推定できる証拠はない。もつとも、亡望月仁恵に支払われていた専従者給与九〇万円については、これを亡望月国宗の収入に加え、後記認定のとおり亡望月仁恵の収入としては家事労働分を評価することが相当である。

2  亡望月仁恵

(一) 葬儀費用

本件の弁論に顕れた諸般の事情を考慮し、一二〇万円を本件事故と相当因果関係のある葬儀費用と認める。

(二) 逸失利益

亡望月仁恵は、昭和三二年一月一五日生まれの女性で(甲1)、事故当時満三四歳であり、今後三三年間稼働が可能であり、夫の経営するパブスナツクを手伝いながら、原告らを養育し、家事労働にも従事していたから、平成五年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・女子労働者学歴計・全年齢平均の年収額二九六万〇三〇〇円を基礎に、生活費の控除を四〇パーセントとして逸失利益を計算すると二八四二万四二〇八円となる。

2,960,300×(1-0.4)×16.003=28,424,208

3  原告らの慰謝料

原告らはそれぞれ事故当時原告孝枝が満九歳、原告寿幸が満六歳であり、その成長には両親の愛情を必要とする年齢であるにもかかわらず、最も頼りとする両親を一挙に失つた悲しみは、察するに余りあるもので、それぞれの慰謝料を各二八〇〇万円と認めるのが相当である。

(なお、慰謝料の算定には被告アート梱包から香典五〇〇万円の支払のあること―原告らは明らかに争わない―も斟酌した。)

4  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経緯及び認容額(右合計五九五五万九五五〇円)等の諸事情に鑑み、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告らにそれぞれ三〇〇万円を認めるのが相当である。

三  結論

以上によると原告らの請求は、被告竹田及び被告アート梱包に対する請求のうちそれぞれ三二七七万九七七五円及びこれに対する本件事故日の翌日である平成三年八月二五日から支払済みまで年五分の割合による損害金を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、被告安田火災に対する請求は理由がないから棄却することとする。

(裁判官 竹内純一)

損害計算書

事件番号4―17606,5―22282

当事者 望月孝枝,寿章VSアート梱包運輸(株)・竹田和弘・安田火災海上(株)

<省略>

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